「じゃあ……付き合う?」
加那子の言葉に呼応したかのように、グラスの中で氷が音を立てた。
カラン、という音は静かなバーにとてもよく似合っている――とさやかは思った。
これまでに何度かあった飲酒の場はチェーン店の居酒屋であった。それもしかたがない。苦学生まっただ中のふたりはできるだけ節制しなければ日々の生活すら危ういような状況が続いていたのだから。
しかしせっかく名実ともに大人の看板を背負うようになったのだと、ふたりは記念にほんの少しだけ背伸びをし、アルバイトで貯めたなけなしの貯金を崩してまでもこれまで訪れたことのないようなバーで雰囲気と、そしてアルコールとに酔っていた。
「じゃあって……。そんな簡単で、加那子はいいの?」
「いやぁほら。なんていうか、私達だけ売れ残ってるわけじゃない? なら、遊びでもいいからさ」同じカクテルを注文しながら、加那子は言葉を続ける。「なんだっけ……。そう、抱合せ商法をひとつ……ね?」
講義でならった単語を早速活用する加那子の抜け目のなさに若干引きつつ、さやかはどうすべきなのか、酔いの進んだ脳で思考する。シラフならもっと素早く思考に至れるのだろうが、そもそもシラフならこんな思考をする展開になりようがないことに気づいたのは数日経過してからだ。
確かに花の女子大学生である。それは間違いない。
恋人が欲しい。それも同上である。
しかし。しかしながら、誰とでもお付き合いできるわけではない。好きな人がいて、そしてそれが眼前の加那子であることをさやかは誰にも告げたことがない。
気がつけばさやかは手にしていたグラスを空にしていた。そのせいで一層酔いが回ってしまう。
「かんたんにそういうのいうのよくないと思う」
「そう?」
「だって――」
マトモなら絶対に言わなかった。アルコールが入っているから、言えた。
「だって、わたしは……遊びじゃない、から」
加那子の反応は少し間があった。
「あっ」
言葉の意味を理解した加那子がますます赤くなる。そんな姿もカワイイとさやかは思えた。
誰もふたりを見ていなかった。ジャズだとかクラシックだとかそういう感じの曲とほんの少しのささやきだけがバーの中に広がっている。
ふたりはしばらく見つめあっていた。
どちらから先にしたのかは覚えていない。
でも、これだけは覚えている。
ファーストキスはカクテルの味がした。
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